こんにちは。兵庫県明石市にある二天堂魚住鍼灸院の宮上智志です。今回は、皮膚触覚について記事にします。鍼灸治療では、患者さんに触診や脈診なども行いますし、地肌に施術をしますから鍼灸師は皮膚触覚を駆使する治療家でもあります。また、患者さんが感受する皮膚感覚がどのような状態にあるのかも病態を推察するヒントになります。ノーベル生理学・医学賞「触覚受容体の発見」は、私たちの身体の不思議と生活に関わる大切な感覚を解き明かす興味深い内容です。
説明できなかった皮膚触覚のミステリー
私たちは、目を閉じていても物に触れてみた感触で物体の形や重さ、表面がツルツルかザラザラか、またその物体が動いているかどうかを判別することができます。これらは皮膚触覚と呼ばれる感覚です。皮膚触覚は皮膚の下にある感覚神経が皮膚の変形によって活性化し、その情報を脳に伝えることで生じます。では感覚神経はどのようにして皮膚が変形したことを知るのでしょうか?医学がこれほど発展しているというのに、この皮膚触覚の仕組みは近年まで誰も説明できないミステリーだったのです。
2021年ノーベル生理学・医学賞「触覚受容体の発見」
米スクリプス研究所のパタプティアン博士らは2010年、皮膚触覚を検出する受容体を発見しました。それは、細胞膜貫通領域を38個も持つ巨大な分子でした。この分子に関与する遺伝子は、「ピエゾ (PIEZO)」と名付けられました。ギリシャ語で「押す(Press)」を意味する名前です。これらの遺伝子から作られる受容体は、皮膚や臓器に張り巡らされた感覚神経細胞の末端にあり、皮膚や臓器が変形すると一緒に変形して中央にあるチャネル(受動輸送を行う膜タンパク質)が開きます。これにより陽イオンが流れ込んで細胞の活動電位が上がり,その信号が脊髄から脳へと伝わって,機械刺激を検知する仕組みです。ヒトを含む哺乳類には、リンパ管や血管の内皮細胞や赤血球に多く発現する遺伝子(PIEZO1)、感覚神経で多く発現する遺伝子(PIEZO2)があることがわかりました。PIEZO2は、筋肉や関節ともつながっていることで固有感覚にも関係しており、運動をスムーズに行うためにも重要な役割を果たすメカノセンサー分子であることが確かめられました。
お灸との関係で取り上げたノーベル生理学・医学賞「温度受容体の発見」についてまとめたページもございます。「鍼灸とは」の記事もぜひご覧ください。
※(プレッシオ脳神経科学 特設ページ.領域代表による2021年 ノーベル医学・生理学賞 解説.PIEZOの発見物語皮膚触覚のミステリーを解いたPIEZOチャネルの発見.https://pressio-neurobrain.org/home/2021_nobelprize_piezostory/)
刺さない鍼治療(接触刺激)
鍼灸の施術には、たくさんの種類があります。そのひとつに接触鍼と言って鍼を刺さずに、皮膚に接触させる技法があります。その他にも鍉鍼(ていしん)という先が尖っていない太い鍼を使う施術もあり、皮膚に刺すことはありません。そのため、痛みを感じることなく治療を受けることができます。このような刺さない鍼治療が、最も積極的に行われるのが幼児を対象にした「小児鍼」です。日本独自の治療方法として歴史があり、専用の鍼で皮膚をさする、あるいは皮膚にトントンと当てるだけの技法です。その軽微な刺激はとても心地よく、子どもをリラックスさせて行います。小児鍼を専門に研究する学会(日本小児はり学会)もあり、皮膚への触刺激による脳内伝達物質放出や自律神経反応の変化などについて研究が進められています。
まとめ
皮膚触覚は物体の識別だけでなく、手をつないだり、頭をなでたり、背中を擦ったりするといったヒトのコミュニケーションにおいても大切な感覚です。皮膚触覚の解明は、私たちにとって「感覚とは何か」や、「感覚によって築いている人と人の関係」を考える機会にもなります。私自身、鍼灸の専門学校生時代に、接触鍼を専門にしている先生の施術で驚くような効果を経験したことがあります。硬かった筋肉がほぐれた瞬間を体感したので間違いありません。本当に不思議な感覚でした。それ以来、鍼治療は絶対ダメですという患者さんには、接触鍼や鍉鍼(ていしん)を使った接触刺激の施術を提案してきました。私の見解ですが、鍼はダメですという患者さんほど効くのです。もちろん個人差はありますが、軽微な刺激でも有効にはたらくのは疑いの余地はありません。東洋医学に関わる中で、先人の叡智に感服することが多々あります。うまく説明できないこと、まだ未開の事象、理屈がわからないこと、数多くある人体の謎に対して、鍼灸施術が効果を発揮するプロセスの一端が見えてきました。先達たちもなぜ鍼灸が効くのかを様々な角度で議論してきたに違いありません。これからも人体の未知なる領域が明らかになっていくとは思いますが、鍼灸師が感覚刺激の専門家として医療に貢献できるように力を尽くしていきたいと思います。